トランサーフィン34日目「トランサーフィンの原則」と揺らがない心

今日のサブタイトルは「トランサーフィンの原則」。

トランサーフィンが提唱する原則とはなんでしたっけ?

 


「自分が自分のままでいることを許し、他人もそのままでいることを許すことですっ」

ってドヤ顔で書いてあるんですが、「これ、どこにあったっけ?」って一瞬なりました。

 


まあ、「あるがままの自分を受け入れて、自分が周りの人に投げかけている期待を手放す」ということはわかります。

 


前回書いたことですが、「振り子から完全に解放されようとがんばらなくてもいい」。

 


とすると、青天の霹靂みたいな、急に困難に直面したとき、この状況でトランサーフィンの原則を破ることなく行動するにはどうしたらいいのか、という問いの答えは、

 


「目覚めて生きることで、規範を壊さなくても、自分に合ったルールを“意識的に”選び直すことができる」なのだそう。

 


そうやって意識的に生きることができれば、多くの問題が自然と解決していきます、と。

 


たとえば、

・自分の内側にある「軸」や「信条」が見えてきたり、

・罪悪感や劣等感にとらわれずに、自信を持って動けるようになったり、

・衝突や失望を未然に防ぎ、人間関係のもつれをほどいたり…

最終的に、自分らしい「生き方の道」を見つけることができる。

 


つまり、前回書いた

 


“揺らがずに生きること”

 


で正解なんですね!(ほっ)

 


禅の「気づき」の話。

「世界は“こうあるべき”じゃなくて、ただ“こうある”だけなんだ」

「ずっと何かを探してたけど、実は最初から“道”の上にいたんだ」

 


こういう気づきを体験したり、聞いたことありませんか?

一瞬でも、その気づきがすべてを変えてしまうような衝撃を持っている。

それが禅でいう「見性」なのだそうです。

 


何か特別な修行をした人だけが得られるすごいものじゃなくて、

日常の中でふと訪れる“静かな目覚め”のようなもの。

日常生活の中にある悟りのような感覚。

 


禅の教えは言語化されて体系化され、長い歴史の中でこうして伝わってきたものなんだと思うと、本当にありがたいなあと思います。

 


たぶん、このトランサーフィンも、そうやって人々に必要とされていくのでしょうね。

 

 

 

 


必要なのは、

がんばって“特別な何かになること”ではなくて──

 


ただ、揺らがずに、目覚めて生きること。

 


今日もそんな気づきをもらいました。