今日のサブタイトルは「トランサーフィンの原則」。
トランサーフィンが提唱する原則とはなんでしたっけ?
「自分が自分のままでいることを許し、他人もそのままでいることを許すことですっ」
ってドヤ顔で書いてあるんですが、「これ、どこにあったっけ?」って一瞬なりました。
まあ、「あるがままの自分を受け入れて、自分が周りの人に投げかけている期待を手放す」ということはわかります。
前回書いたことですが、「振り子から完全に解放されようとがんばらなくてもいい」。
とすると、青天の霹靂みたいな、急に困難に直面したとき、この状況でトランサーフィンの原則を破ることなく行動するにはどうしたらいいのか、という問いの答えは、
「目覚めて生きることで、規範を壊さなくても、自分に合ったルールを“意識的に”選び直すことができる」なのだそう。
そうやって意識的に生きることができれば、多くの問題が自然と解決していきます、と。
たとえば、
・自分の内側にある「軸」や「信条」が見えてきたり、
・罪悪感や劣等感にとらわれずに、自信を持って動けるようになったり、
・衝突や失望を未然に防ぎ、人間関係のもつれをほどいたり…
最終的に、自分らしい「生き方の道」を見つけることができる。
つまり、前回書いた
“揺らがずに生きること”
で正解なんですね!(ほっ)
禅の「気づき」の話。
「世界は“こうあるべき”じゃなくて、ただ“こうある”だけなんだ」
「ずっと何かを探してたけど、実は最初から“道”の上にいたんだ」
こういう気づきを体験したり、聞いたことありませんか?
一瞬でも、その気づきがすべてを変えてしまうような衝撃を持っている。
それが禅でいう「見性」なのだそうです。
何か特別な修行をした人だけが得られるすごいものじゃなくて、
日常の中でふと訪れる“静かな目覚め”のようなもの。
日常生活の中にある悟りのような感覚。
禅の教えは言語化されて体系化され、長い歴史の中でこうして伝わってきたものなんだと思うと、本当にありがたいなあと思います。
たぶん、このトランサーフィンも、そうやって人々に必要とされていくのでしょうね。
必要なのは、
がんばって“特別な何かになること”ではなくて──
ただ、揺らがずに、目覚めて生きること。
今日もそんな気づきをもらいました。