1日目に「目覚めた」ので、2日目の今日は
「現実は自分に押し付けられたゲームであり、それをコントロールする能力が自分にはある」
と気づくことがテーマ。
タフティー・ザ・プリーステス風に言えば、「用意された台本を生きている」ってことになるでしょうか。
そこで大事なのは、出来事をそのまま観察すること。
たとえば、
“この瞬間、私は目覚めている。
自分がどこにいて、何が起きていて、何をしていて、なぜそれをしているのかをわかっている。”
と自分に言い聞かせること。
ここまで来ると、タフティでいう「気づきの中心点」に立てている感じですね。
日常の中では、誰かに無愛想にされたときに「嫌われたに違いない」と思い込んだり、
うまくいかないことがあると「自分には価値がない」と決めつけたりしがちです。
でも実際にはただ「無愛想だった」「思ったような結果じゃなかった」という事実があるだけ。
それ以上の意味づけは、自分の心が勝手に付け足しているんですよね。
たとえばSNSを見ていて、推しに関するコメントで「なんでそんな解釈するの?」とモヤっとすることがあります。
でもよくよく見れば、それはただ「そういうコメントがあった」という事実があるだけ。
そこに「攻撃された」とか「気分が下がる」と意味づけているのは自分自身。
気づきの中心点に立つと、その違いがよく見えてきます。
2日目の実践ポイントは、
「自分はゲームの中にいるけれど、同時に離れた場所からそのゲームを意識的に眺める」こと。
タフティと重ねて考えると、やっぱり「気づきの中心点」にいること。
そこに立つとエネルギーの流れが変わるんです。
お盆の頃に書いた日記にも、
「心が整っていて、気づきの中心点にいるだけで、設定したゴールよりも上の着地点に行くことがある」
と書きましたが、まさにこのこと。
心さえ整っていれば、ただ「気づきの中心点」にいるだけで、
本来のゴールよりもさらに望む以上の着地点に運ばれることさえある。
もうつまり、物事って本当にシンプルなんですよね。
ただ気づくだけ。
余談ですが。
最近、お誘いいただいた食事会があって。
「行ったほうがいいのかな?」とぐるぐる考えてしまいました。
瞑想中にまで答えを探そうとしてしまってて「これはNGなやつだな〜」と苦笑い。
だって気づきって、思考でひねり出すものじゃないもんね。
ふってくるもの。
そう、思考じゃないのよ気づきは〜はは〜