お盆に思う、外からではなく内から。

ライオンズゲートがどうとか、大きな災害を予告する情報。

NESARA(ネサラ)?世界が一気に平和で豊かになる法律…といった話を目にすることがありますが、どうやら現実の法制度ではなく、ネット上で広まった物語のようで。

 


聞いた瞬間は「へえ、そんなことが本当にあればいいな」と思ったけれど、正直、私はあまり気にしていません。

だって結局、外側の世界が変わることを期待していても、それは過去の経験やニュースに基づいて、頭の中で想像しているだけだから。

 


とはいえ、良くない情報に気持ちが揺れることは1日に何度もあります。

自然災害や社会の変化に備えることは現実的に大切ですし、そこはちゃんとやっておきたいと思っています。

 

 

そんな中で思い出すのが、タフティの「台本でゴールへ向かう」という考え方です。

ゴールの映像を作るのはわかりやすく、方向性がブレにくい。

 


でも最近、こんな話を聞きました。

「心が整っていて、気づきの中心点にいるだけで、設定したゴールよりも上の着地点に行くことがある」

これは禅の「無為自然」に近いかなと思います。

 


外からの変化を待つより、自分の内側を整える。

不安や情報に振り回されないように中心点に意識を置き、現実的な備えは怠らず、それ以上は委ねる。

 


ゴールを明確にして進むのもいいし、ただ整えて委ねるのもいい。

大切なのは、いつも自分の中心からズレないこと。

タフティ的には気づきの中心点にいること。

 

 

 

お盆ですね。いかがお過ごしですか?

私は夫の亡母が西瓜を好きだったので、お供えをしました。

 


時々訪問するお寺のご住職が「若い人に聴いてほしい」と、当時10代だった息子に話してくださったお盆のお話があります。

 


お釈迦様のお弟子、目連尊者は、亡くなった母親が餓鬼道(がきどう)という地獄で苦しんでいることを知ります。

母親を助けたいとお釈迦様に相談すると、7月15日に食べ物などをお供えするよう教えられ、母親は苦しみから解放されました。

 


お盆は「地獄の釜が開く」とも言われますが、すべての亡くなった方が地獄にいるわけではありません。

亡くなった母親の苦しみを取り除いてあげられる、この世にいる者の想いが届く期間。

それがお盆だという教えには、温かさを感じますね。

 


すべてのご先祖さまに感謝を込めて。