トランサーフィン37日目「コーディネーションの原則」とうまくいかなくても、それはそれでもっと素晴らしい

新年明けてすでに6日ですが。

明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

 

さて早速ですが、今日のタイトル。コーディネーションとは?

【うまくいけば素晴らしい。うまくいかなくてもそれはそれでもっと素晴らしい。】

成長の道を歩いている限り、たとえ結果が期待外れでも、それは「失敗」ではない、ということ。


【たとえうまくいかなかったとしても、それはあなたがまだ別の問題を回避できたということです。】

とのこと。新しい視点かもしれない。

人生では、何かが起きるたびに私たちは「どう捉えるか」を選ぶことができます、ということは学んできたことですね。

ポジティブに捉えることができれば、ポジティブな方向、ネガティブに捉えて嘆けば好ましくない方向へと踏み出します。いわゆる自己啓発でよく登場するお話ですね。

分かれ道に立ったとき、自分の選択によって、その先が形作られる。
ここでコーディネーションを行うことで、私たちは“幸運な人生ライン”を選ぶ・・・のですが

ところが、選んだ方がネガティブな結果になることもある。

その時の考え方として、

「うまくいけば素晴らしい。うまくいかなくても、それはそれでもっと素晴らしい。」
とするのです!というわけです。


「うまくいかなかったのは、まだ別の問題を避けられたから」
との捉え方が、さらに自然かもしれないですね。
なぜなら、すべては“あるべき姿”になっていくから。

不安の連鎖は、最初の出来事そのものから来ているのではなく、
「その出来事と自分との関係性」から始まります。
だから、現実に対する“捉え方”を調整すればいいんだ。

この調整こそが、「コーディネーション」。



正直、名前なんてどうでもいいですよね。
学問でもなければ、試験があるわけでもない。
必要なのは「現状の捉え方」だけです。


年末に病気のことを少し書きましたが、まさに”ネガティブに見える出来事”も自分がポジティブに見ようとするならば、です。

この治らないかもな病気がポジティブなものになるのか?と私自身が実験台のようなものです。

すぐに答えは出ません。

ただこの出来事をポジティブに捉えるとすれば、治療を開始したことで今まで気づいていなかった(これが普通だと思っていた)不調などが改善されてより活動的な生活ができるようになるかも、と期待してワクワクしています。

完治寛解もちろん期待するところではありますが、

「ネガティブに捉えて嘆く」ということをしない。そこを放棄する。これが前回の「戦いに終止符を打つ」ということではないかと思います。

これもコーディネーションの一つ。

うまくいかなくてもそれはそれでもっと素晴らしい出来事があるのかもしれませんね。


a.r10.to




トランサーフィン36日目「戦いに終止符を打つ」


前回から1週間以上空きました。

そのあいだ、私はひとつのテーマと向き合っていました。

今日書きたいのは「戦いに終止符を打つ」という話。

 

 

鏡の法則(思い描くものを所有する許可を自分に与えると、外的意図はあなたにそれを与える方法を見つけてくれる)」

と最初は理解したのですが、

 

振り子の勝手な台本は

「目的を達成するには戦え」「変わらなきゃダメ」「努力しなさい」「あなたは完璧じゃない。だから努力して、世界と戦って勝ち取らなきゃ」

まるでそれが真実かのように思い込ませてくる。

 

 

振り子に従うと、内的・外的重要性でガチガチになって、
「普通であること」「期待された生き方」「決められたこと」を手に入れるためにエネルギーを捧げる羽目になるんですね。

 

とはいえ

すぐに「所有の許可」を出さず、

不満を抱えながらも
「いつか良くなる」と期待して、
「まぁ人生ってこんなもんよね」と自分を慰めながら

未来も“ちょっと先”にふんわりと漂わせる。

 

これがふわスピなんじゃないかな。

 

ふわスピから一歩前に。

 

【自分の望むものを所有するという許可】を自分に出す。

これが戦いに終止符を打つということの本質のようです。

 

 

私はとある病気を診断されました。

どうやら薬を飲んで、自分の体調を維持していくと言うのが一般的な治療のようです。それは生涯続くそうです。完治はしないというのがお医者様の見解です。

 

一生薬を飲み続ける世界だけが正解じゃない。

「薬を飲みながら元気で暮らす未来」もあるし、

「いずれ手放す未来」があってもいい。

 


ゴールは完治・寛解

だけど「どうやって?」にはまだ触れない。

私はただ、その未来を所有する許可を出すだけ。

 

 

 

例えば医療が革新的に変わる未来もある。

私の細胞が変わることもないわけではない。

 

だから、「私はこういう状態が欲しい。もちろん手にするよ。私の望むものは所有すると言う許可を出す。」

 

これが今日の学びです。

 

トランサーフィン実践マニュアル、ゆっくりの進捗になっていますが、今日の時点でこのテーマに当たったと言う事はとても必要な巡り合わせだったと思っています。

 

2025年ももうあと数日で終わりになります。

今年、出会ってくださった皆様ありがとうございました。

 

来年もボチボチとこんな感じで進んでいこうと思っています。

良い歳をお迎えください。

 

 

 

a.r10.to

 

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トランサーフィン35日目「重要性の引き下げ」

 

【怒り、不満、苛立ち、不安、心配、落ち込み、混乱、絶望、恐れ、同情、依存、欲望、感動、理想化、賞賛、喜び、失望、尊大、傲慢、侮辱、反発、憤りなど、

すべての偏った感情や反応は、物事の重要性を誇張してしまった結果です。】

 


日常の中で、私たちはつい振り子に揺さぶられて、

「これは大変だ」

「絶対にうまくいかなきゃいけない」

と、物事を重要視しすぎてしまいます。

 


でも実は、“問題”なんて本当は存在しない。

あるのは、自分が勝手に膨らませた「物事の重要性」だけ。

 


その重要性が幻想だと気づけば、そこから自由になれます。

ここで大事なのは、「意味を軽視する」のではなく、

誇張された重要性だけを、静かに下げること。

 


振り子の外側から自分の現実を冷静に観察できるようになると、

バランスが取れて、状況が自然と落ち着いてきます。

 


つまり、ブンブン揺れていたものが静かになる。

偏った考え方がなければ、振り子はそもそも揺れないんですよね。

 


だからこそ、

「この出来事で、自分や周りを煩わせる必要はない」

と決めること。

これが、現実を整える第一歩なのだと思います。

 

 

 

外的重要性と内的重要性

 

 

 

どちらにしても、その不安定さに引き寄せられて、

私たちは振り子に巻き込まれやすくなります。

 


「過剰ポテンシャル(=思考のエネルギーが偏りすぎている状態)」が生まれ、

それを打ち消そうとして、バランス力(均衡の法則)が働く。

 


その結果、うまくいかなくなるという逆効果を生む。

まさに、振り子にやられている状態です。

 


じゃあ、どうすればいいの?

 


【感情は私たちの考え方から生まれるもので、

変えるべきは私たちの考え方である。

感情というのはあくまで結果で、原因は重要性だけ。】

 


と書かれています。

 

 

 

今のわたしの話

 

 

実は、私、ある病気が発覚しまして。

今はまだ検査中で結果も出ていないのですが、

調べれば調べるほど、めんどくさそうで、長くかかりそうで、

感情を揺さぶられて、ずっと泣きっぱなしの状態でした。

 


早くこの章を読んでいればよかったのかもしれない。

(でも、泣く時間も必要だった気がします。)

 


感情は考え方、つまり思考。

思考によって感情が揺さぶられるなら、

変えるのは思考や考え方、ということになります。

 


私の場合、入れた情報によってネガティブな感情が生まれ、

さらにネガティブな方向へと思考が膨らんでいった。

 


でも、

「この感情に振り回されてはいけない」

という話ではない気がしています。

 


【外的重要性は、自分の外側にあるもの。

たとえば「状況」や「他人の評価」「社会的な立場」。


内的重要性は、自分自身の理想像やプライド。

「ねばならない」という意識。

自己否定や怒りが湧いてくる原因。】

 


今回は、

「私は健康でなければならない」

「ちゃんと社会生活を送らなければならない」

という思いが強く出ていました。

 


これは、内的重要性なんだろうな。

 


「内的重要性に取りつかれている者は愚かだ」

と書かれているけれど、

確かに、今の私は愚か者なのかもしれません。

 


ただ、

「起きていることは、必要があって起きている」

というメッセージを、何度も受け取っています。

 


きっと、そういうことなんだと思う。

 


しばらく自分が不安定なのは、間違いない。

不安定な自分も受け入れる。

そして、体に対する自愛が足りなかった、という反省点もある。

 


このことについては、また書いていくことにします。

 

 

 

冬至に向けて

 

もうすぐ冬至です。

占星術でいう冬至は、太陽が山羊座に入る日。

 


日の出から日没までの時間が、1年で最も短い日として知られています。

古来から、陰が極まる瞬間、

再生のはじまりとして大切にされてきました。

 


2025年12月22日 0時3分、

日本では冬至を迎えます。

日付変更線と冬至線が、ほぼ同時なんですね。


冬至は、お願いごとよりも「感謝」で迎えるのがいいそうです。


わたしも。

 

トランサーフィン34日目「トランサーフィンの原則」と揺らがない心

今日のサブタイトルは「トランサーフィンの原則」。

トランサーフィンが提唱する原則とはなんでしたっけ?

 


「自分が自分のままでいることを許し、他人もそのままでいることを許すことですっ」

ってドヤ顔で書いてあるんですが、「これ、どこにあったっけ?」って一瞬なりました。

 


まあ、「あるがままの自分を受け入れて、自分が周りの人に投げかけている期待を手放す」ということはわかります。

 


前回書いたことですが、「振り子から完全に解放されようとがんばらなくてもいい」。

 


とすると、青天の霹靂みたいな、急に困難に直面したとき、この状況でトランサーフィンの原則を破ることなく行動するにはどうしたらいいのか、という問いの答えは、

 


「目覚めて生きることで、規範を壊さなくても、自分に合ったルールを“意識的に”選び直すことができる」なのだそう。

 


そうやって意識的に生きることができれば、多くの問題が自然と解決していきます、と。

 


たとえば、

・自分の内側にある「軸」や「信条」が見えてきたり、

・罪悪感や劣等感にとらわれずに、自信を持って動けるようになったり、

・衝突や失望を未然に防ぎ、人間関係のもつれをほどいたり…

最終的に、自分らしい「生き方の道」を見つけることができる。

 


つまり、前回書いた

 


“揺らがずに生きること”

 


で正解なんですね!(ほっ)

 


禅の「気づき」の話。

「世界は“こうあるべき”じゃなくて、ただ“こうある”だけなんだ」

「ずっと何かを探してたけど、実は最初から“道”の上にいたんだ」

 


こういう気づきを体験したり、聞いたことありませんか?

一瞬でも、その気づきがすべてを変えてしまうような衝撃を持っている。

それが禅でいう「見性」なのだそうです。

 


何か特別な修行をした人だけが得られるすごいものじゃなくて、

日常の中でふと訪れる“静かな目覚め”のようなもの。

日常生活の中にある悟りのような感覚。

 


禅の教えは言語化されて体系化され、長い歴史の中でこうして伝わってきたものなんだと思うと、本当にありがたいなあと思います。

 


たぶん、このトランサーフィンも、そうやって人々に必要とされていくのでしょうね。

 

 

 

 


必要なのは、

がんばって“特別な何かになること”ではなくて──

 


ただ、揺らがずに、目覚めて生きること。

 


今日もそんな気づきをもらいました。

トランサーフィン33日目「振り子の規範」と“普通”という幻

 

今日の話は、

「振り子のいいなりにならない」ってことと、

その裏返しである
「振り子から完全に解放されようとがんばらなくてもいい」っていう話。

 

トランサーフィンでいう“振り子”って、
行動や思考の基準とか、“普通”“常識”みたいなものを
私たちに押しつけてくる力のことなんですよね。

 

で、それが私たちに心理的な揺さぶりをかけてくる。

 

振り子は「成功の代用品」として
“普通でいること”を差し出してきます。

 

でも、振り子的な成功って、もしかすると
「すべてにおいて埋もれていくこと」
なのかもしれない。

 

だって本当の成功って、人それぞれ違うし、
誰かがそのまま真似できる型なんて存在しない。

 

みんな、振り子の押しつける「正しさ」や「普通」から
一歩外れて、自分の道をつくっていった結果なんですよね。

 

でも、多くの“普通の人でいたい人”たちは、
振り子がつくり出す
「普通こそ素晴らしい」っていう幻想を
疑おうともしない。

 

そりゃそうだよね。
その幻想って、不確かな未来よりも
ずっと甘くて、便利で、わかりやすいんだもん。

 

だからといって振り子と戦ったり、
無理に反抗する必要はなくて。

 

ただ、
操り人形にならないように“気づいている”こと。
これだけでいい。

 

目覚めて暮らす。
意識的に気づきを持って生きる。
ただ、それだけで変わる。

 

ここまで書いて思ったこと・・・

人生って、本当にいろんなことが起こる。
まさに“青天の霹靂”なこと。

自分の周りの誰も経験していないような、
予想もしていなかった出来事が突然起こるんですよね。

 

そういう瞬間って、
振り子の「普通」から強制的に落っこちる感じがする。

そして気づくのです。

「あれ?ここから普通を追い求めてたら、疲弊するだけじゃない…?」

 


「そうすることで自分自身の利益のためにその行動を利用できるようになります。
システムの既存の規範を破ることなく、自分のための新しい規範を設定してください。」と書いてあるのですが

これ、本当にその通りだなって思う。

 

目覚めて生きるって、
大きな成功をつかみに行くことじゃなくて、

“揺らがずに生きること”

なんですよね。たぶん。

その先に現れる“成功”は、
みんなそれぞれ違う形でやってくるもの。

トランサーフィン32日目「決定者の意図」とアドバンテージの仕組み

 

「どんな出来事や状況も好ましいものであり、結局は私のアドバンテージになると、意志を持って宣言してください。」

 


今回のレッスンは、この一文から始まりました。

 


自分は、自分の現実世界の「決定者」であり、

日々の出来事も含めて、自分が世界を作っている…これは基本の原則。

この実践マニュアルの目的は、

その原則を“思い通りに使える状態”にまで、自分を整えていくこと にあります。

 


たとえ今見えている状況が好ましくなくても、

「これはアドバンテージだ」と意志を持って宣言するだけで、

その瞬間から思考の向きが変わり、

暴走ではなく“アドバンテージとして機能し始める”ようになる。

世界にそのような「からくり」を許可してしまう、ということなんですね。

 


鏡の法則も同じで、

反射そのものを直接動かす必要はなくて、

ただ自分の「態度」や「思考の焦点」を変えていけば、

鏡のように世界が自分の状態を映し返してくる…そういう仕組みなんだと改めて感じます。

 


ただ何かを強く要求したり願ったりするときに、

執着や恐れ、疑いが少しでも入り込むと、

世界はそのまま忠実に反映してくる。

「だからうまくいかない時があったのかあ」と、思い当たる部分もありますね。


そして、この“決定者としての意図”を使うコツは、

固く握った拳を、そっと緩めること。

力むほどに遠ざかってしまう。日常の中にも心当たりがありすぎます。

 


だからこそ大切なのは、

「自分にとって世界が心地よい場所になることを許す」

この許可を、自分自身に与えることなのかもしれませんね。

トランサーフィン31日目「牡蠣のような反応」と意識のハンドル

 

は?「牡蠣」のような人?

 

サブタイトル、今日も謎です(笑)

 

どうやらこの「牡蠣」というのは、“不満はすぐ口にするのに、嬉しいことは当然として受け流してしまう人”という意味らしいのです。

なるほど…確かにそんなクセ、誰にでもありますよね。

 

「牡蠣的思考」をやめるということ

この“牡蠣モード”をやめて、意識的に自分の思考を選んでいく。それが「望む現実を作る」ということなんだそうです。

 

…でも、なぜ牡蠣?と思って調べたら、

牡蠣って、水をろ過して周りを浄化してくれる存在なんですよね。環境にも良い働きをするありがたい生き物。

 

 

ネガティブを取り込みやすい仕組み。

その構造ってちょっと人間の“思考パターン”にも似ているからってことかしら。

 

ネガティブな思考に偏ると、その反応がまたネガティブを呼び寄せて、どんどん悪循環になってしまう。

SNSでもよくありますよね。攻撃的な意見ほど拡散されて、次の攻撃を呼び込むみたいな…。

SNSって意外と“自分を映す鏡”なのかもしれません。

 

大事なのは「何を」よりも「どう考えるか」

 

感情そのものを抑え込む必要はありません。ただ、起こった出来事に対してどんな反応を返すかは、自分で選べるのですから。

 

そして選んだ反応が、次の現実をつくる。

 

そこに気づけると、ふっと“中心点”に戻れる気がします。振り子に振り回されるのではなく、その揺れの真ん中に意識を置くイメージ。

 

すると、ネガティブを飲み込んでしまう“牡蠣モード”から抜けて、意識のハンドルを自分に戻すことができる。

 

これがトランサーフィンでいう、「望む現実を選び取る」ということなのかもしれません。

 

気づいたら、中心に戻る

振り子に感情が揺れ動いたら、「あ、今揺れてるな」と気づいて、そっと中心点に戻す。

それがきっと、自分で現実創造のハンドルを握るということなんだと思います。

 

 

ん・・・牡蠣のおいしい季節になりました。



 

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