振り子に飲まれず、お金と仲良くなる方法を考えてみる。

スピ系では「使えば入ってくる」とかいうけど、

スピのコミュニティに入ってみてわかったことがある。

どん底貧乏生活までいくとその法則が動いた人がたくさんいる。

 

私は今療養中の無職(専業主婦)であるが、

足るを知れと言われれば返す言葉はない。

贅沢ではないが生活できるだけの世帯収入はあり、家族仲良く暮らしている。

 

しかしリハビリ中の身体は動けるようになりたいし、推し活したいし、快適に暮らしたい。老後の安心感も欲しい。

 

この今の状態と考え方から抜け出す方法が

せっかく学んだ「鏡の法則」ならば、

お金がある状態のフリをして、鏡に映して、メタパワーで現実を映し出してお金のある人になる、んだけどどうなんですか?って話を今日はします。

 

「使うこと=減ること」という思い込みが根っこにあります。

 

でもさ、せっかく鏡の法則知ったのよ?

鏡の法則に乗せるにはどうしたらいい?

「お金があるフリをする」って、単なる浪費じゃないんですよ!

そんなんしたら簡単に破産します。

でもそこからの大逆転の人はたくさんいらっしゃるので

やってみたい方はそれもいいかもしれません。

 

 

まず「お金のある自分だったらどう考えるか?」という視点に立ってみます。

 

お金がある自分だったら…

  • 出かけるかどうかを「ワクワクするかどうか」で決める。
  • お金は「循環するもの」として扱う(ストックではなく、フロー)。
  • 「誰かに迷惑をかける」ではなく、「喜びを循環させる」と捉える。
  • 「今の行動が、未来の富の種になる」と信じて動く。

 

 

じゃあ、現実的かつ鏡の法則的なアイデアは?

  • お気に入りの口紅や香水、丁寧に淹れたお茶など豊かな人の丁寧な生活習慣。これは出かけなくても使える!
  • ショッピングモールでウィンドウショッピング。これは出費を抑えつつ、「行動すること」にOKを出す訓練。そのとき服や持ち物も、「ちょっといい感じ」で。
  • カフェでノートを書く。自分のブログの勉強用の書籍を買う。「これは未来の収入を生むための支出」!
  • ブログやノートに「豊かな私が語る物語」を書く。主語を「私は」から「豊かな私は」「好きなことをして生きてる私は」に変えてみる。

 

スピ系では「投資=波動先取りの感覚」なのですが、

お金を使わず周波数を合わせに行きたいんです。

 

 

とはいえ、このあたりはできてるつもりなんだよねぇ。

 

 

毎日、noteとはてなブログの投稿に取り組んでいるおかげで、

トランサーフィンや禅の視点を持つ時間も作れてる。


強いて言えば、時間の使い方が下手なのと部屋が散らかってて気にはなってるけど。

(「できてない」というマイナス点にフォーカスを向けないようにしてる。それでいいのかはしらん笑)


積み重ねが大事でまだその途中なんだろうな。

ゴールの設定も分かってるんだけど。

 


進んでる感じがあるといいのに。

 


仮にこの状態がトランサーフィンの定義する「静かに整ってる停滞期」だとしても、

「進んでる感じがしない」「 期待する変化が起きてない」

 

あ!!!これが 振り子!「焦り」「停滞感」をちらつかせてくるの得意だもんね!

 

振り子撃退!

「ほんとにこれでいいの?何も起きてないよ?」

「このままだとダメなんじゃない?」

この声に付き合うと波動が落ちるので、

「私は今、いい感じで波に乗ってる最中」と決めるのが大事なんですね。

 

 

こういうときに効くのが

タフティでいうところの「思考マーカー」!(ドラえもんの声)

現実の小さな確認ポイントね。

現実創造は「内側→外側」なので、
内側は変わったけど、外側がまだ反応してない、あるある。

 

それでも

進んでる感覚を実感したい・・・

 

思いつくのは

  • なにか書く!書き出すことで「動けてる自分」を視覚化。
  • 部屋の整え。視覚的なクリアが思考のクリアにつながる。

くらいかなぁ

 

「私はすでに進んでいる。ただ、現実がそれを認識するのに少し時間がかかっているだけ。」

これを今の自分の背中を支えてくれる思考フォームとしておきます。

 

「なりきる」から始まるタフティの鏡メソッド

今日はタフティのレッスン25〜26

また一段と「鏡」の話が深くなってきました。

 

現実というのは、映画でもあり、同時に鏡でもある。

そう考えると、とても分かりやすくなります。


わたしという存在が、鏡の向こう側とこちら側に、同時に存在している。
だから、「こうなったらいいな」と思う自分を、

すでに叶ったかのような感情でそうなったふりをすることで、それが現実になる。

現実というのは、じわじわと自分の“思い込み”と同調してくるようになるというのです。

 

ポジティブなこともネガティブなことも、すべて自分に返ってくるというのが

鏡の法則

 

「私は鏡の中にも、外にも、同時にいる」
「現実が鏡であること自体が隠されている」

これ、すごく面白いと思います。


自分の意志をもって作った“映像”が、鏡に映されていて、それをまた“本体の映像”として戻す…
…って、こうして言葉にしてみるとすごくややこしいけど、感覚的にはわかる気が...しないでもない...

 

なりきった私を鏡に映す。

すると鏡に映っている私が、すでに“なっている”。


その「なっている私」が、現実という映像として現れる。

これで“同調”が起きるんだそう。
ほんと、パラドックス。どっちがリアルかわからない。

 

タフティのいう「映像」とは、自分の思考や行動のこと。


鏡に映っているのは、自分自身であり、自分の環境であり、今この人生そのもの。

 

そして、「自分が発信したメッセージ」によって映像がつくられていく。
見せかけだとしても、「そうであるふり」が鏡に映る姿を構成し、やがてそれが現実になる。

 

「持っているふり」をすればそれが得られ、
「その人のふり」をすれば、自分がその人になる。

 

大前提として、これは“ゲーム”。だけど、ちゃんと真剣にプレイするべきゲーム。

 

映像が鏡に映って、その鏡に映ったものがまた映像として取り込まれていく。
これは循環?

 

 

 

まとめると、鏡の使い方って2つあるんだなってわかりました。

 

ひとつ目は、レッスン21あたりで出てきた「与えたものが返ってくる」というもの。
「ちょうだい、ちょうだい」と言えば、「ほしい」という状態が現実化されちゃうから、
「与える、与える」ってやってると、自然と循環が起きるっていう。

 

そして、今回の2つ目。
「鏡に映ったものが映像主体に取り込まれる」という話。

見せかけであっても、なりたい自分を“フリ”してみせる。
すると、鏡に映ったその姿が反射を生んで、やがて現実になる。

 

ここでタフティのアドバイスは明快!

1つ、真剣にゲームに取り組むこと。
2つ、ゲームに一貫性を持たせること。

 

行動できることは全部やりましょ。
いくら夢を見ても、ソファに寝転んでるだけじゃ現実は動かないってタフティにも言われちゃってます。


でもね、現代社スマホひとつでできることもたくさんありますよね。

まずは右手人差し指でポチッと一歩を踏み出すだけでも。

 

そんなことを考えていて、ふと

 

「あれ?わたしは、何のフリをするんだろう?」

 

ここに一貫性がないと、うまく振る舞えない。

 

 

タフティメソッドの最終目的って、きっと
「現実を自分で創造すること」、
「台本から解放されて、自分自身の映像をつくること」なんだと思うんです。

そのためには、やっぱり、自分の深掘りが必要なんですよね。

 

 

私の使命は何?なんて結局誰も教えてはくれません。

何のために生まれて何をして生きるのか

わからないまま終わる、そんなのは嫌だ~

思わずメロディがついてしまいそうです。


私は星読みなので
使命というと大げさだけど。

「それをすると幸せな気分になれること」が出生図から読み解けます。

 

自分のことになると考え過ぎちゃうんですけどね。

たぶん私はこんな風に精神世界のことぐだぐだ考えてるのが好きみたいです。

 

今日はタフティメソッドのフリをすることについてでした。
「願望実現」「引き寄せの法則」にも同じようになりきる手法が語られてはいたのですが、より解像度が上がった感じがします。

羨ましさは、わたしの中の目覚めサイン?

 

 

とうとつですが、

凄い人が目に入ると自分がちっぽけに思えて、

このままこれを続けても何かになるんだろうかなどと考えてしまいがちな月星座山羊座なわたしです。こんにちは。

 

このブログもそう。

自己満足の勢いで始めたものの、すてきなブロガーさんや有名な方のサイトが目に入るつい比較したくなっちゃう。。

 

 

でも、わたしがこのブログで書いていきたいのは、
タフティに興味を持ってから感じたこと。
そして、タフティの考え方ととても似ているのだけど、

日本人が身近に感じてきた禅の教えがしっくりくると考えたこと。

禅やマインドフルネスを、どう日常で使っていけるのか、日記のように書き残していけたらそれでいいんですよね。

 

エイブラハムの「引き寄せの法則」では

 

「凄い人の情報が目に入ってくる=波動が合ってる」

「だから、同じ周波数の現実が起きようとしている」

という説明がされていたはず。

 

また、仏教の「唯識(ゆいしき)」では、

「すべての現象は心の現れである」

とされていて、これは鏡の法則とも通じています。

 

違う言葉を使ってるだけで、実は源は共通してるようで興味深いし、

行き着く真実は一つ!(ちょっとコナンくんみたいになっちゃいました)

 

だから、目に入る・憧れるってことは、

「自分にもそれができるよというサインを、無意識に受け取ってる」

ってことでいい?

逆に言えば、まったく自分にないものは、心に引っかかってすら来ないですよね!

 

 

自信が揺らいだときは、
「他人を羨むとき、それは自分の中の可能性が目を覚まそうとしている合図である」

と思いだそう。

 

 

誰かのためが、自分のためになるという学び。

こんにちは。

今日はタフティ・ザ・プリーステスのレッスン23と24あたりのお話です。

 

 

鏡の法則についてはタフティが語るメタパワーと鏡の向こう側の仕組み

の投稿で触れていますが、今回は現実の持つ「鏡のような性質」について。

 

「その鏡に何が映っているのかを見て、それに対してどのように行動するかを選んで行きます。希望を叶えたいと思うのなら、自分が欲しいと思っているまさにそのものをほかの人に与えるのです。」

 

自分が「こうなりたい」「これが欲しい」と思うときには、まずその思いを他の人に向けて与えるのが鏡の性質を利用すると言うことなんです。

 

 

この「先に与える」という姿勢こそが、このメソッドの中心なのです。

 

 

自分の欲しているものを 

誰かに与えることがタイミング良くできるだろうか?

それにもちろん、自分が欲しいと思っているものを、そっくりそのまま誰かに与えることが適切な場合ばかりとは限らない。

似たような何かを与えることはできるかもしれないし、それも難しければ、まずは何でもいいから与えてみる、でいいみたい。

見返りは求めずに!!

 

当然そこを利用されてしまったり、損をしたように思うこともあるかもだけど

それもきっと必要なプロセスなのでしょうね。

 

「与えれば与えられる、って、そんなに単純な話なの?」とか、
「なんだか表面的に理解しただけで終わってる気がする…」とか。

そんな疑問は見ないフリして進みますよっ

 

 

 

私たちは現実を構築することはできても、他人を作り変えることはできません。

だからこそ、鏡の原理を思い出しながら、人と関わっていくことも大切なのかなって思いました。

 

 

タフティはこうも言っています。
「自分の価値を感じたい、自己実現したいという願いは、他人のためになるときにだけ成功する」

 

一見すると唐突で極端にも聞こえるけれど、「自分のためだけに」ではなく、「誰かのためにもなること」

そんな視点を持てているかどうかが、実は大切なのかもしれません。

他人の自尊心を傷つけないように尊重し、相手が自己実現できるような場をつくる。

そうしていく中で、自分自身の願いも自然と叶っていく。

 

 

見返りを求めず、まず自分から与える。
鏡の法則でそれが映し出されるという考え方は理論的でわかりやすいけど、

誰かのためにもなることがめぐりめぐって、

ゴールのコマに自然とたどり着く道になる、という考え方がわたしは好きかも。

 

仏教でいう「利他」の精神にも通じるものがあるなと感じています。

「利他は結果的に利己に通じる」とも言われています。
誰かを思ってしたことが、めぐりめぐって自分を満たしていた。
そんな体験が、ふとした日常の中にも見つけられるようになるといいなと思います。

 

 

タフティ式“アドバンテージ”という整え方

 

タフティのアドバンテージについてまとめておきたくって、の記事です。

タフティ・ザ・プリーステスのレッスン15と16あたりになります。

 

「あれ?なんだか、思ってたのと違う方向に進んでるかも」

そんな感覚になることありますよね?

うまくいっていたはずの流れが、ふとした拍子に「あれ?これって台本間違ってない?」と感じるような瞬間。

そんな時、私は、「どうにかしなきゃ」「立て直そう」と動き出してしまいます。

もしくは、動けなくて立ち止まったままぐるぐる考える。

 

でも、タフティメソッドは新しい視点をくれました。

 

『タフティ・ザ・プリーステス』では、人生は台本(シナリオ)に沿って展開されているとされてます。

 

私たちは、その台本の流れを“考えて変えてやろう”としがち。

 

でも、タフティは「どうやって」は考えなくていい、ゴールシーンを照らしさえすれば、台本自体がそのゴールのために調整を始めるのだと言います。

 

つまり、「なぜこうなったのか」を振り返る必要も、「どうしたら戻せるか」を必死で模索する必要もないんですね。

 

必要なのは、「あ、今ズレてるかも」と気づいて、“目を覚ます”こと。

その“気づき”をサポートしてくれるのが、「アドバンテージメソッド」です。

 

困ったことが起きたとき、

「この状況の中にある利点(アドバンテージ)ってなんだろう?」と問いかける。

それだけで、意識は中心点に戻り始めます。

 

アドバンテージメソッドのステップ

  1. 困ったことがあったときに目を覚ます。

  2. 自分を見て、現実を見る。

  3. 「これにはどんなアドバンテージがあるだろう?」と問いかける。

  4. 答えが浮かんだら、それを受け入れ活用する。

  5. 何も思い浮かばない時は、ただ状況を受け入れる。

浮かばなくても大丈夫なんだよね。

 

“これはやばいかも”と感じたとき、私は以前なら抵抗したり、自分の計画を押し通そうとしたりしていました。

「ここには、どんな利点がある?」

するとまず冷静になれます。

そして「目を覚まして、意識を中心点に置く」。

 

『「人生がもう無茶苦茶だ」と感じるとすれば、それはアドバンテージである。現実の浄化が起こっている。』と書かれていました。

 

台本は、自分でいじらなくていい。

整えるとは、“今ここ”に戻って、静かに気づくこと。

それだけで、向いている方向が変わり、結果的に台本も変わっていく。

なにかうまくいかないことがあったら、

まずは「これアドバンテージ?」って、心の中でつぶやいてみよう。

雨だけど、満月のエネルギーは届いてるので。

こんにちは。
今日は16時44分、射手座で満月を迎えます。

 


この満月は「ストロベリームーン」とも呼ばれ、恋愛や人間関係、そして豊かさにもご縁があると言われています。

ただ、日本はあいにくの雨模様。月が見えにくい地域も多いかもしれません。


でも、大丈夫。見えなくても、月のエネルギーはしっかり届いています。

 

射手座は「拡大」や「自由」「哲学」「理想」などを象徴する星座。
そのため、この満月は

枠を超える勇気や自分をもっと自由に解き放つための手放しにとても向いています。

ちょっと広い視野で“整える”のにぴったりのタイミングです。

 

 

射手座の新月は、半年前の12月1日。
そのときに描いた願いや目標は、今どうなっているかふりかえってみるのもいいですね。

達成していても、途中でも、あるいはすっかり忘れてしまっていても、
今日の満月はそのサイクルの「一区切り」のタイミングです。

 

私はノートに「どういう世界線で生きたいのか」と書いていました。

半年経ってこんなに毎日PCで文章書いているとは想像していなかったですけど(笑)

やりたいことを楽しんでやれている。

そういう意味では叶っている。

もっと具体的な「お金が欲しい」とか「推し友欲しい」とかはまだ・・・

うん、これから叶います。

 

 

私は満月の日には、石(パワーストーン)やカードたちを月光浴させます。
基本、窓辺に置くだけですが。
月は姿が見えなくても、雲の上でいつもと変わらずいてくれるので。

 

日本には「月を神さまとして敬う文化」がありますよね。
お月見もそうですし、伊勢神宮月讀宮などもそう。

自然の一部を“神さま”ととらえる、八百万(やおよろず)の精神って、
やっぱり美しいなと思います。

わたしたちはずっと、見えないけれど確かにそこにあるものとともに、生きてきたんですよね。

ちなみに“ストロベリームーン”という呼び名は、」アメリカ先住民由来のものですが、
農業や自然のサイクルにちなんだ名前をつける感覚って、
自然を敬う日本の感性ともどこか通じるものがある気がします。

 

 

 

それでは、素敵な射手座満月をお過ごしください🌕

 

タフティが語るメタパワーと鏡の向こう側の仕組み

こんにちは。

今日はタフティの鏡のお話を。

 

タフティの教えを読み進めていく中で、「これは面白いけど難しい…!」と立ち止まってしまうポイントが何度かあります。
今回はレッスン12と13に出てくる「メタパワー」と「鏡の世界」の話。

 

最初に読んだときは、なんとなく雰囲気で理解していた部分も多くて、混乱しながらページをめくっていました。
でも繰り返し読んで、全体の構造が見えてきて、「ああ、そういうことかもしれない」と思える瞬間が増えてきました。

この記事では、タフティが語る“鏡の向こう側の世界”と“メタパワー”の仕組みについて、自分なりの言葉で整理してみたいと思います。
難解に見えるこのパートも、視点を変えるとふっと腑に落ちる感覚があるかもしれません。

 

というわけで、長くなるかも。

 

「メタパワー」と「鏡の法則」という概念が登場します。

このあたりから、いよいよタフティの世界観が本格的に深くなっていく感じがします。

 

最初にこの章を読んだときは、「えっと……どっちが現実なの?」と、何度も読み返してしまいました。

完全には腑に落ちていない部分もあるかもしれないけれど、少なくとも「つかめそう」というところまでは来られた気がします。

 

タフティは、現実を「反転した鏡」だと言います。

鏡に映っているのは、私たちがいるこちら側の物質世界。

でもその映像の“元”は、鏡の向こう側にあるのです。

 

つまり、私たちが「現実」だと思っているこの世界は、向こう側にあるフィルム(台本)が映し出された”結果”にすぎないと。

そう考えると、私たちが手で触れられる物や、目で見えることだけが「実在」ではないということになります。

 

そして、物質側で働く力が「物理的パワー」なら、鏡の向こう側で作用する力が「メタパワー」です。

 

メタパワーとは、映像の保存庫から現実に働きかける力。タフティは、それを“裏側の力”といいます。

このメタパワーを使うために必要なのが、「気づきの中心点」にいること。

自分の意識が鏡の向こう側、つまりフィルムのある場所にアクセスできているとき、現実の物質世界に対して影響を与える立場に立つことができます。

 

面白いのはここからで、「映し出されている」と思っていた物質側が、実は「映像から物質化されたもの」だという逆転の構図です。

最初は「現実があって、それが鏡に映っている」と思っていたけれど、実は逆で、「映像が先にあって、それが現実になっている」のです。

 

では、どうすればその映像を“選ぶ”ことができるのか?

 

タフティの世界では、「目を覚ます」ことはとても大切です。

でも目覚めたままだと、現実の舞台では浮いてしまう。

だから眠っているフリをして、台本どおりの人生を淡々と演じながら、内側では意識を研ぎ澄ませて、自分が選びたい別の台本へと切り替えていく。

 

“悟ってます感”を出すのではなく、ただ自然に、静かに、でも確かに意識を使って現実に介入していく。

そのためには、あえて「眠っている役」を演じ続けながら、裏ではメタパワーを発動している状態である必要があるのかもしれません。

 

目覚めながら眠っているフリ。プレゼンスを保ったまま、意識的に現実をなぞる。

この矛盾のようなスタンス!!

タフティの教える現実創造のメソッドの本質なのかもしれません。

腑に落ちるまでに時間かかりました。大丈夫そ?