トランサーフィン39日目「流れに逆らう」と「ウインターアーク」のこと

「普段、どんなふうに流れに逆らっているかを、
少なくとも1日かけてじっくり観察してみましょう。」

そんな問いかけから、今回のレッスンは始まります。

 

結論から言うと、
自分の中の
「これは大事!」という執着とか、
「これは絶対こうでなきゃ!」という思い込みで、
知らず知らずのうちに振り子を振っていませんか?
という話。

 

たとえば——

・誰かが何かをくれようとしてくれたとき、断る。
・誰かが気持ちを伝えようとしてくれているのに、スルーする。
・誰かが自分なりに頑張っていると、「もっとこうすれば?」と口出し。
・解決策を提示されても、反論したくなる。
・思った通りじゃないと、がっかりしたり不機嫌になったり。
・誰かに妨害されると、心の中はイライラ。

 

……って、
たしかにやってます。

社会生活って、そういうものじゃない?
とさえ思いますけどね。

 

でも、逆らって漕げば漕ぐほど、
エネルギーは消耗して、
波に飲まれて、
船は思うように進まない。

そもそも、
流れそのものをコントロールしようとすることが、
多くの苦しみの原因。

 

だから、

・コントロールしようとしない
・まず観察する
・すぐ否定しない
・論争を始めない
・言い張らない
・他人に介入しない
・管理や批判をしない

少なくとも今日は、
流れに逆らわずに、
起こったことをただ観察してみるのもいいかもしれません。

 

この本では、
本当にコントロールすべきなのは
自分の「内的・外的重要性」だけ
だと言っています。

 

意図を宇宙に委ねたあと、
抵抗せずに波に乗る。

これが、
現実を変える最短ルート。

 

 

 

最近、私は
「ウィンターアーク」という言葉を知って、ちょっと興味を持ちました。

海外SNSで88億回以上再生された自己変革プログラム、
らしいのですが、
最初の発信者は見つけられず、
今のところユーチューバー
Paranoia_パラノイアさんの動画をベースにしたものしか出てこない感じ。

冬は「こもる季節」じゃなくて、
人生を逆転させるために
とことん自分と向き合う季節、
というイメージでしょうか。

……おもしろそう。

冬の3ヶ月間で自分を変える計画。

ガチガチに取り組んでみるもよし、
自分なりにアレンジするもよし。

早起き苦手なので、
1時間が限界ですけどね(笑)

このウィンターアーク、
誰かが作ったルールではあるけれど、
意外と
自分を観察する時間が持てそうな気がしています。

 

 

※ウィンターアークについて詳しく知った、YouTubeParanoia_パラノイアさん の動画。気になる方は、よかったらこちらからどうぞ。 

youtu.be

 

 

 

 

a.r10.to

トランサーフィン38日目「世界は私を気づかってくれる」

 

 

「私の世界は、私のことを気遣ってくれる」

 

ここで大事なのは、“口に出すこと”。
たとえ、がっかりするような出来事が起きても大丈夫。
すべては、あるべき姿になると宣言することでもあります。

 

ベネチア名工は、鏡の鏡面に塗るアマルガムに金を加えて、暖かな色合いを与えた。
世界は鏡ですから、あなたも同じように、自分が作ったアマルガムを塗布することで、世界を調整することができるのです。】

 

この言葉を読んで思い出したのが、「色眼鏡で見る」という表現。

 

本来は、先入観や偏見を持って物事を見てしまう、という意味ですが、
それをポジティブに使ってしまおう、ということなんじゃないかな?と思ったんです。

 

自分の感情や思考が映る、この世界という鏡に、
キラキラの色眼鏡ガラスを一枚、そっと重ねてみる。

すると、向こう側から映し出されてくる現実も、
自然とキラキラした色合いになっていく。

 

「私の世界は、私のことを気遣ってくれる」

この言葉は、たとえ辛い現実の中にいたとしても、
どこか心を救ってくれるようなパワーのある言葉です。

 

でも、これは「ただ信じましょう」と言っているわけではないんですよね。

つまり、鏡の法則の応用編。
鏡に、キラキラのアマルガムを塗るようなもの。

 

世界は、私を気遣ってくれる。
そう思えたら、あとは何を映し出すかは、自分次第です。

 

 

体調が悪いわけではないけれど、
健康を維持するための投薬が始まって、数週間。

これも、世界が私を気遣ってくれた結果だと、
今は思えるようになりました。

……とはいえね。
もう少し上手に現実を引き寄せられるといいよね、私。

 

 

 

 

a.r10.to

 

 

トランサーフィン37日目「コーディネーションの原則」とうまくいかなくても、それはそれでもっと素晴らしい

新年明けてすでに6日ですが。

明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

 

さて早速ですが、今日のタイトル。コーディネーションとは?

【うまくいけば素晴らしい。うまくいかなくてもそれはそれでもっと素晴らしい。】

成長の道を歩いている限り、たとえ結果が期待外れでも、それは「失敗」ではない、ということ。


【たとえうまくいかなかったとしても、それはあなたがまだ別の問題を回避できたということです。】

とのこと。新しい視点かもしれない。

人生では、何かが起きるたびに私たちは「どう捉えるか」を選ぶことができます、ということは学んできたことですね。

ポジティブに捉えることができれば、ポジティブな方向、ネガティブに捉えて嘆けば好ましくない方向へと踏み出します。いわゆる自己啓発でよく登場するお話ですね。

分かれ道に立ったとき、自分の選択によって、その先が形作られる。
ここでコーディネーションを行うことで、私たちは“幸運な人生ライン”を選ぶ・・・のですが

ところが、選んだ方がネガティブな結果になることもある。

その時の考え方として、

「うまくいけば素晴らしい。うまくいかなくても、それはそれでもっと素晴らしい。」
とするのです!というわけです。


「うまくいかなかったのは、まだ別の問題を避けられたから」
との捉え方が、さらに自然かもしれないですね。
なぜなら、すべては“あるべき姿”になっていくから。

不安の連鎖は、最初の出来事そのものから来ているのではなく、
「その出来事と自分との関係性」から始まります。
だから、現実に対する“捉え方”を調整すればいいんだ。

この調整こそが、「コーディネーション」。



正直、名前なんてどうでもいいですよね。
学問でもなければ、試験があるわけでもない。
必要なのは「現状の捉え方」だけです。


年末に病気のことを少し書きましたが、まさに”ネガティブに見える出来事”も自分がポジティブに見ようとするならば、です。

この治らないかもな病気がポジティブなものになるのか?と私自身が実験台のようなものです。

すぐに答えは出ません。

ただこの出来事をポジティブに捉えるとすれば、治療を開始したことで今まで気づいていなかった(これが普通だと思っていた)不調などが改善されてより活動的な生活ができるようになるかも、と期待してワクワクしています。

完治寛解もちろん期待するところではありますが、

「ネガティブに捉えて嘆く」ということをしない。そこを放棄する。これが前回の「戦いに終止符を打つ」ということではないかと思います。

これもコーディネーションの一つ。

うまくいかなくてもそれはそれでもっと素晴らしい出来事があるのかもしれませんね。


a.r10.to




トランサーフィン36日目「戦いに終止符を打つ」


前回から1週間以上空きました。

そのあいだ、私はひとつのテーマと向き合っていました。

今日書きたいのは「戦いに終止符を打つ」という話。

 

 

鏡の法則(思い描くものを所有する許可を自分に与えると、外的意図はあなたにそれを与える方法を見つけてくれる)」

と最初は理解したのですが、

 

振り子の勝手な台本は

「目的を達成するには戦え」「変わらなきゃダメ」「努力しなさい」「あなたは完璧じゃない。だから努力して、世界と戦って勝ち取らなきゃ」

まるでそれが真実かのように思い込ませてくる。

 

 

振り子に従うと、内的・外的重要性でガチガチになって、
「普通であること」「期待された生き方」「決められたこと」を手に入れるためにエネルギーを捧げる羽目になるんですね。

 

とはいえ

すぐに「所有の許可」を出さず、

不満を抱えながらも
「いつか良くなる」と期待して、
「まぁ人生ってこんなもんよね」と自分を慰めながら

未来も“ちょっと先”にふんわりと漂わせる。

 

これがふわスピなんじゃないかな。

 

ふわスピから一歩前に。

 

【自分の望むものを所有するという許可】を自分に出す。

これが戦いに終止符を打つということの本質のようです。

 

 

私はとある病気を診断されました。

どうやら薬を飲んで、自分の体調を維持していくと言うのが一般的な治療のようです。それは生涯続くそうです。完治はしないというのがお医者様の見解です。

 

一生薬を飲み続ける世界だけが正解じゃない。

「薬を飲みながら元気で暮らす未来」もあるし、

「いずれ手放す未来」があってもいい。

 


ゴールは完治・寛解

だけど「どうやって?」にはまだ触れない。

私はただ、その未来を所有する許可を出すだけ。

 

 

 

例えば医療が革新的に変わる未来もある。

私の細胞が変わることもないわけではない。

 

だから、「私はこういう状態が欲しい。もちろん手にするよ。私の望むものは所有すると言う許可を出す。」

 

これが今日の学びです。

 

トランサーフィン実践マニュアル、ゆっくりの進捗になっていますが、今日の時点でこのテーマに当たったと言う事はとても必要な巡り合わせだったと思っています。

 

2025年ももうあと数日で終わりになります。

今年、出会ってくださった皆様ありがとうございました。

 

来年もボチボチとこんな感じで進んでいこうと思っています。

良い歳をお迎えください。

 

 

 

a.r10.to

 

room.rakuten.co.jp

トランサーフィン35日目「重要性の引き下げ」

 

【怒り、不満、苛立ち、不安、心配、落ち込み、混乱、絶望、恐れ、同情、依存、欲望、感動、理想化、賞賛、喜び、失望、尊大、傲慢、侮辱、反発、憤りなど、

すべての偏った感情や反応は、物事の重要性を誇張してしまった結果です。】

 


日常の中で、私たちはつい振り子に揺さぶられて、

「これは大変だ」

「絶対にうまくいかなきゃいけない」

と、物事を重要視しすぎてしまいます。

 


でも実は、“問題”なんて本当は存在しない。

あるのは、自分が勝手に膨らませた「物事の重要性」だけ。

 


その重要性が幻想だと気づけば、そこから自由になれます。

ここで大事なのは、「意味を軽視する」のではなく、

誇張された重要性だけを、静かに下げること。

 


振り子の外側から自分の現実を冷静に観察できるようになると、

バランスが取れて、状況が自然と落ち着いてきます。

 


つまり、ブンブン揺れていたものが静かになる。

偏った考え方がなければ、振り子はそもそも揺れないんですよね。

 


だからこそ、

「この出来事で、自分や周りを煩わせる必要はない」

と決めること。

これが、現実を整える第一歩なのだと思います。

 

 

 

外的重要性と内的重要性

 

 

 

どちらにしても、その不安定さに引き寄せられて、

私たちは振り子に巻き込まれやすくなります。

 


「過剰ポテンシャル(=思考のエネルギーが偏りすぎている状態)」が生まれ、

それを打ち消そうとして、バランス力(均衡の法則)が働く。

 


その結果、うまくいかなくなるという逆効果を生む。

まさに、振り子にやられている状態です。

 


じゃあ、どうすればいいの?

 


【感情は私たちの考え方から生まれるもので、

変えるべきは私たちの考え方である。

感情というのはあくまで結果で、原因は重要性だけ。】

 


と書かれています。

 

 

 

今のわたしの話

 

 

実は、私、ある病気が発覚しまして。

今はまだ検査中で結果も出ていないのですが、

調べれば調べるほど、めんどくさそうで、長くかかりそうで、

感情を揺さぶられて、ずっと泣きっぱなしの状態でした。

 


早くこの章を読んでいればよかったのかもしれない。

(でも、泣く時間も必要だった気がします。)

 


感情は考え方、つまり思考。

思考によって感情が揺さぶられるなら、

変えるのは思考や考え方、ということになります。

 


私の場合、入れた情報によってネガティブな感情が生まれ、

さらにネガティブな方向へと思考が膨らんでいった。

 


でも、

「この感情に振り回されてはいけない」

という話ではない気がしています。

 


【外的重要性は、自分の外側にあるもの。

たとえば「状況」や「他人の評価」「社会的な立場」。


内的重要性は、自分自身の理想像やプライド。

「ねばならない」という意識。

自己否定や怒りが湧いてくる原因。】

 


今回は、

「私は健康でなければならない」

「ちゃんと社会生活を送らなければならない」

という思いが強く出ていました。

 


これは、内的重要性なんだろうな。

 


「内的重要性に取りつかれている者は愚かだ」

と書かれているけれど、

確かに、今の私は愚か者なのかもしれません。

 


ただ、

「起きていることは、必要があって起きている」

というメッセージを、何度も受け取っています。

 


きっと、そういうことなんだと思う。

 


しばらく自分が不安定なのは、間違いない。

不安定な自分も受け入れる。

そして、体に対する自愛が足りなかった、という反省点もある。

 


このことについては、また書いていくことにします。

 

 

 

冬至に向けて

 

もうすぐ冬至です。

占星術でいう冬至は、太陽が山羊座に入る日。

 


日の出から日没までの時間が、1年で最も短い日として知られています。

古来から、陰が極まる瞬間、

再生のはじまりとして大切にされてきました。

 


2025年12月22日 0時3分、

日本では冬至を迎えます。

日付変更線と冬至線が、ほぼ同時なんですね。


冬至は、お願いごとよりも「感謝」で迎えるのがいいそうです。


わたしも。

 

トランサーフィン34日目「トランサーフィンの原則」と揺らがない心

今日のサブタイトルは「トランサーフィンの原則」。

トランサーフィンが提唱する原則とはなんでしたっけ?

 


「自分が自分のままでいることを許し、他人もそのままでいることを許すことですっ」

ってドヤ顔で書いてあるんですが、「これ、どこにあったっけ?」って一瞬なりました。

 


まあ、「あるがままの自分を受け入れて、自分が周りの人に投げかけている期待を手放す」ということはわかります。

 


前回書いたことですが、「振り子から完全に解放されようとがんばらなくてもいい」。

 


とすると、青天の霹靂みたいな、急に困難に直面したとき、この状況でトランサーフィンの原則を破ることなく行動するにはどうしたらいいのか、という問いの答えは、

 


「目覚めて生きることで、規範を壊さなくても、自分に合ったルールを“意識的に”選び直すことができる」なのだそう。

 


そうやって意識的に生きることができれば、多くの問題が自然と解決していきます、と。

 


たとえば、

・自分の内側にある「軸」や「信条」が見えてきたり、

・罪悪感や劣等感にとらわれずに、自信を持って動けるようになったり、

・衝突や失望を未然に防ぎ、人間関係のもつれをほどいたり…

最終的に、自分らしい「生き方の道」を見つけることができる。

 


つまり、前回書いた

 


“揺らがずに生きること”

 


で正解なんですね!(ほっ)

 


禅の「気づき」の話。

「世界は“こうあるべき”じゃなくて、ただ“こうある”だけなんだ」

「ずっと何かを探してたけど、実は最初から“道”の上にいたんだ」

 


こういう気づきを体験したり、聞いたことありませんか?

一瞬でも、その気づきがすべてを変えてしまうような衝撃を持っている。

それが禅でいう「見性」なのだそうです。

 


何か特別な修行をした人だけが得られるすごいものじゃなくて、

日常の中でふと訪れる“静かな目覚め”のようなもの。

日常生活の中にある悟りのような感覚。

 


禅の教えは言語化されて体系化され、長い歴史の中でこうして伝わってきたものなんだと思うと、本当にありがたいなあと思います。

 


たぶん、このトランサーフィンも、そうやって人々に必要とされていくのでしょうね。

 

 

 

 


必要なのは、

がんばって“特別な何かになること”ではなくて──

 


ただ、揺らがずに、目覚めて生きること。

 


今日もそんな気づきをもらいました。

トランサーフィン33日目「振り子の規範」と“普通”という幻

 

今日の話は、

「振り子のいいなりにならない」ってことと、

その裏返しである
「振り子から完全に解放されようとがんばらなくてもいい」っていう話。

 

トランサーフィンでいう“振り子”って、
行動や思考の基準とか、“普通”“常識”みたいなものを
私たちに押しつけてくる力のことなんですよね。

 

で、それが私たちに心理的な揺さぶりをかけてくる。

 

振り子は「成功の代用品」として
“普通でいること”を差し出してきます。

 

でも、振り子的な成功って、もしかすると
「すべてにおいて埋もれていくこと」
なのかもしれない。

 

だって本当の成功って、人それぞれ違うし、
誰かがそのまま真似できる型なんて存在しない。

 

みんな、振り子の押しつける「正しさ」や「普通」から
一歩外れて、自分の道をつくっていった結果なんですよね。

 

でも、多くの“普通の人でいたい人”たちは、
振り子がつくり出す
「普通こそ素晴らしい」っていう幻想を
疑おうともしない。

 

そりゃそうだよね。
その幻想って、不確かな未来よりも
ずっと甘くて、便利で、わかりやすいんだもん。

 

だからといって振り子と戦ったり、
無理に反抗する必要はなくて。

 

ただ、
操り人形にならないように“気づいている”こと。
これだけでいい。

 

目覚めて暮らす。
意識的に気づきを持って生きる。
ただ、それだけで変わる。

 

ここまで書いて思ったこと・・・

人生って、本当にいろんなことが起こる。
まさに“青天の霹靂”なこと。

自分の周りの誰も経験していないような、
予想もしていなかった出来事が突然起こるんですよね。

 

そういう瞬間って、
振り子の「普通」から強制的に落っこちる感じがする。

そして気づくのです。

「あれ?ここから普通を追い求めてたら、疲弊するだけじゃない…?」

 


「そうすることで自分自身の利益のためにその行動を利用できるようになります。
システムの既存の規範を破ることなく、自分のための新しい規範を設定してください。」と書いてあるのですが

これ、本当にその通りだなって思う。

 

目覚めて生きるって、
大きな成功をつかみに行くことじゃなくて、

“揺らがずに生きること”

なんですよね。たぶん。

その先に現れる“成功”は、
みんなそれぞれ違う形でやってくるもの。