トランサーフィン44日目「映画のコマ」とビジュアライゼーションへの疑問。

 

前回のビジュアライゼーションの続き。

 

思い描いたものは、何でも“具現化”できる。

 

本当に?

 

では、そのイメージを現実世界に出現させるにはどうすればいいのか。
それがわかれば、万事解決なのだ。

 

 

ゴールのコマを頭の中に浮かべる。
それを達成したあとの人生を、脳内で“具体的に”描き出す。

 

「目的を達成した層」へとシフトする。

 

……はああ?

簡単に言うけれど、
これがなかなか難しい。

 

 

本ではこう書かれている。

 

「スクリーンの外から眺めるのではなく、自分がその場にいる感覚で、
細かい感覚やニュアンスを、できるだけリアルにイメージする。」

 

つまり、映画を見る側ではなく、
その世界の中に立つ。

 

空気の温度や、足元の感触や、
そのときの自分の呼吸まで。

そこまで“入れ”ということらしい。

 

スピリチュアルマスターたちは言う。

 

妄想すればいいのだと。


過程を考えすぎないことが大切だと。


とにかく楽しみながらやることだと。

 

簡単にいうよねー。

 

でも現実の私は、「どうやって?」「本当に?」と
つい考えてしまう。

 

そして最後にはこう書いてある。

『もしビジョンがあまり明確でなかったとしても、
無理にハッキリさせようと頑張りすぎないこと。』

 

……え、そこは頑張らなくていいの? 。

 

 

今日は、ゴールのコマをより具体的に脳内で描くことについての掘り下げ。

 

正直に言えば。

 

妄想すれば現実が変わります、という話を
そのまま受け取れるほど私は素直ではない。

 

イメージするだけでうまくいくのなら、
とっくにみんな叶っているはずだ。

 

むしろ思うのは、

内側が整っていないと、
妄想すらうまく機能しないのではないか、ということ。

 

不安だらけの状態で描く未来は、
どこかに「でも無理かも」が混ざる。

 

焦りを抱えたまま思い浮かべる成功は、
どこか現実味がなく、空回りする。

 

ビジュアライゼーションは、
魔法ではない。

 

心の状態がそのまま映し出される、
かなりシビアな作業なのかもしれない。

 

だからこそ。

 

未来を思い描く前に整える。

じゃないとどれだけ鮮明に想像しても、
ただの逃避になる。

 

そう思うと、
ビジュアライゼーションは意外と厳しいぞ。

 

 

トランサーフィン実践マニュアル43日目「ビジュアライゼーション」

何かに取り組むとき、ただ「こなす」のではなく、

「今、私がやっていることは素晴らしい仕事だ」と感じながら向き合う。

すると同じ行動でも、その意識ひとつでまったく違う時間になる。

 

そんなふうに、自分を肯定しながら目的へと整えていく。

最初は、そんな話だと思っていました。

 

 

けれど、タイトルにある「ビジュアライゼーション」は“視覚化”。

 


改めて考えると、ただ自己肯定するというよりも、

自分が進んでいるプロセスを可視化することなのかもしれませんと考えを改めました。

 


ゴールを設定し、そこまでの道のりを細分化する。

ひとつずつ、小さなマスを進める。

すごろくのように。

 

しかし

映画のワンシーンのように理想の未来を思い描く、

それだけでは足りない。

 


ただ完成形を夢見るのではなく、

そこへ至る道筋も含めて描くこと?

 

でも道筋は考えずゴールを映像化するのでは?


そこで気づいたのは、道筋ではなく、細分化したゴール。

小さなゴールを一つずつ越えていくこと。

 

それが本来のビジュアライゼーションなのではないかと。

 


外側を変えようとする前に、

まず心の中に完成した姿を置く。

 


その姿に沿って、

今日の一手を選んでいく。

 

 


そういえば、1月半ばごろ、Xでとても話題になっていた投稿がありました。

 


「人生をたった1日で変える方法」という英語のポストです。

https://x.com/thedankoe/status/2010751592346030461?s=46

 


もし5年後、何も変わらなかったとしたら。

5年後の火曜日の朝、どんな気持ちで目覚めるだろう。夜10時、どんな感情で一日を終えるだろう。

 


その問いが、私には深く刺さりました。

 


未来を思い描くということは、

遠くの理想を眺めることではなく、

“その日の自分”を具体的に感じることなのかもしれません。

 


ビジュアライゼーションとは、

未来の自分の一日を、今の自分の中に置くこと。

 


そして今日、その一歩を選ぶこと。

 

トランサーフィン42日目 固定観念を打ち破る。

日常を生きていると、知らず知らずのうちに「当たり前」「常識」「普通はこうするもの」といった見えない枠に囲まれてしまいます。

 

 

でもその「常識」って、本当に真実なのか?

常識からすればトランサーフィンの原則は全てが逆転したものです。

 

 

 

「常識」や「当たり前」といった経験や教育から得た「思考の枠組み」。

大変便利。柔軟な思考を妨げる認知のフィルターにもなりますね。

 

これに準じていると安心です。

 

例えば、「成功するには苦労しなければならない」とか「自分には無理だ」とか「安定が一番大事」とか。

 

過去の情報や周囲からの影響で自然と植え付けられたもの。

それが本当に「真実」だとは限りませんよ。。。

とスピに片足突っ込んだあたりで知ることになるんですけど、ここからどうするか誰も導いてくれないのです。

 

とはいえ「私だけが真実を知っている!」なんておかしな選民意識で周りからドン引きされるのもねぇ。

 

 

でも実際は、説明のつかない偶然や奇跡的な出会いって意外とあるもの。

そこでこっそりひっそり、

 

「自分の望む物を手に入れる許可を自分に出す」

 

これが、「自分に対しての固定観念から自由になる」ということなのではないでしょうか。

 

 

立春を過ぎました。

いよいよ丙午エネルギーが動き出します。

願望実現とか引き寄せ界隈もかなり様子が変わってきました。

アファメーションで意識を変える自己暗示に近いものから、感情をコントロールしたり、タフティの教えのように映像を描くものへ。

そして最近私が受け取っている情報では、自分の意識だけで今ある状況は自然と変わることになる・・・こうなってくると情報とか感情や思考のコントロールではどうにもなりません。周波数を整えるしかない。そして周波数を整えるには?なんて思考をしてたら意味がない笑

私にできることと言ったら、瞑想くらいしかないらしい。

 

 

今日のレッスンにある「自分の望む物を手に入れる許可を自分に出す」は意外にもここにすっと結びつきます。

 

許可を出してる状態がデフォルトであればいいので。

 

結局のところ、

今日の私にできるのは、

許可を出したまま、余計なことを考えないこと。

……それが一番むずかしいんですけどね。

トランサーフィン41日目「思い出す」という習慣

 

『困難な状況から脱出するためには、
まずその困難は、重要性を膨らませた結果であることを思い出してください。』

 

今日のレッスンは、ここから始まります。

 

問題に没入してしまっているとき、
私たちはそれが現実のすべてだと
思い込んでしまいます。

困っている時ほど、
人は問題に没入しがち。

 

最近ふと思うのは、
困難に没入して、
その苦しさの中で過ごす“ダンジョン”を、
意外と楽しんでいるのでは?ということ。

 

ゲームやお化け屋敷、
登山や洞窟探検も、
あえて大変さを求めるところがありますよね?

 

それを攻略したときの爽快感を求めて、
人は挑戦する。

もしかしたら、
人生の中でも、
同じことをやっているのかもしれません。

 

タフティやトランサーフィンを実践している人には
おなじみのキーワード、「振り子」。

 

振り子はエネルギーを奪おうとする、
とされていますが、
この外部の刺激や構造に
気づかないふりをして、
わざと意識を眠らせている。

それが、
私たちのいるこの次元なのかも、
なんて思ったりします。

 

つまり
状況にのまれていると感じたら、
目を覚ます。

「わたしは今、目を覚ます!」
「これは振り子の罠!」
「私は、そこから離れることができる!」
「わたしは、自分の行動を把握しているぞ!!」

そんなふうに。

 

【思い出すという習慣は、
継続的な練習によって身に付けられます。】

と、本には力強く書かれていました。

 

最初はただ、
思い出すたびに
「あ、また振り子に捕まってたな」
と気づくだけ。

何度も「今ここ」に戻る練習をしていくうちに、
振り子の魔法は、
少しずつ効かなくなっていくようです。

 

前々回の記事に書いた「ウィンターアーク」。
まねごとのようなことを、
2週間ほど続けています。
(早寝早起きは苦手です。)

 

ちゃんとできているのは
ノートに書くジャーナルくらいですが、
そこでの気づきを少し。

 

意識を自分の身体に戻す感覚的なものに、
前より気づけるようになってきました。

 

常時、というのは難しいけれど。

 

先ほども書いたように、

【思い出すという習慣は、
継続的な練習によって身に付けられる。】

 

たとえば、
朝に白湯を飲む、という
ひとつの決まり事があるだけで、
「思い出す」習慣づくりに、
意外と簡単につながるのかもしれません。



 

 

a.r10.to

トランサーフィン40日目「バリアントの流れに沿う」

今日は、
「バリアントの流れに信頼して委ねる」ことを、
あらためて意識するんだ、
と前に読んだときは解釈したんですけどね?

 

タイトルはそのまんま、なんだけど。

 

客観的な視点を忘れずに、
「この問題を解決するための、一番やさしい方法はなんだろう?」
と問いかけてみるといい、という内容。

 

……つまり、
「起こったことに固執しない」ってこと?!

 

もうバリアントを持ち出す必要もなくて。

 

たとえ誰かが、
自分とは少し違うやり方で物事を進めていたとしても、
それをコントロールしようとせず、
ただ、そうさせてあげる。

わたしがコントロールするべきじゃないものね……ってこと?!

 

禅では、
「あるがままに任せること」が大切だと言われますよね。

 

自然の流れに逆らわず、
思考に絡まず、
ただ「今ここ」にとどまり、
次に必要な動きが起こるのを待つ。

 

理性って、いつだって
「最も良い方法」を先に考えて、準備しようとします。

 

でも、
それとは別ルートで自然は、
「いちばん抵抗の少ない道」を選ぶ。

 

エネルギーを浪費せず、
無理なく、
淡々と。

 

その自然な流れに、
わたしもそっと乗っていけたらいいな、と思います。

問題から少し離れてみる。
流れに抗うのをやめてみる。

すると、思いがけないほどすっきりと、
最高の解決策が、
目の前に現れるのだそうです。

 

 

毎日思考の中にいると、
あ、「今ここ」から離れてるなぁ
と感じてることがあります。

 

未来への備えや不安。
過去の記憶の中。
遠い場所にいる誰かのこと。
バーチャルな空間に存在するものへの関心。

 

存在するかどうかも怪しいのに、
なぜかよく知っている気になってしまうニュースや、
AIとの会話。

 

一番、
存在として信用できるはずなのは、
自分の肉体と意識なのに。

 

……思考、働き過ぎなんよ。


 

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↑本書はこちら

 

 

 

 

a.r10.to




トランサーフィン39日目「流れに逆らう」と「ウインターアーク」のこと

「普段、どんなふうに流れに逆らっているかを、
少なくとも1日かけてじっくり観察してみましょう。」

そんな問いかけから、今回のレッスンは始まります。

 

結論から言うと、
自分の中の
「これは大事!」という執着とか、
「これは絶対こうでなきゃ!」という思い込みで、
知らず知らずのうちに振り子を振っていませんか?
という話。

 

たとえば——

・誰かが何かをくれようとしてくれたとき、断る。
・誰かが気持ちを伝えようとしてくれているのに、スルーする。
・誰かが自分なりに頑張っていると、「もっとこうすれば?」と口出し。
・解決策を提示されても、反論したくなる。
・思った通りじゃないと、がっかりしたり不機嫌になったり。
・誰かに妨害されると、心の中はイライラ。

 

……って、
たしかにやってます。

社会生活って、そういうものじゃない?
とさえ思いますけどね。

 

でも、逆らって漕げば漕ぐほど、
エネルギーは消耗して、
波に飲まれて、
船は思うように進まない。

そもそも、
流れそのものをコントロールしようとすることが、
多くの苦しみの原因。

 

だから、

・コントロールしようとしない
・まず観察する
・すぐ否定しない
・論争を始めない
・言い張らない
・他人に介入しない
・管理や批判をしない

少なくとも今日は、
流れに逆らわずに、
起こったことをただ観察してみるのもいいかもしれません。

 

この本では、
本当にコントロールすべきなのは
自分の「内的・外的重要性」だけ
だと言っています。

 

意図を宇宙に委ねたあと、
抵抗せずに波に乗る。

これが、
現実を変える最短ルート。

 

 

 

最近、私は
「ウィンターアーク」という言葉を知って、ちょっと興味を持ちました。

海外SNSで88億回以上再生された自己変革プログラム、
らしいのですが、
最初の発信者は見つけられず、
今のところユーチューバー
Paranoia_パラノイアさんの動画をベースにしたものしか出てこない感じ。

冬は「こもる季節」じゃなくて、
人生を逆転させるために
とことん自分と向き合う季節、
というイメージでしょうか。

……おもしろそう。

冬の3ヶ月間で自分を変える計画。

ガチガチに取り組んでみるもよし、
自分なりにアレンジするもよし。

早起き苦手なので、
1時間が限界ですけどね(笑)

このウィンターアーク、
誰かが作ったルールではあるけれど、
意外と
自分を観察する時間が持てそうな気がしています。

 

 

※ウィンターアークについて詳しく知った、YouTubeParanoia_パラノイアさん の動画。気になる方は、よかったらこちらからどうぞ。 

youtu.be

 

 

 

 

a.r10.to

トランサーフィン38日目「世界は私を気づかってくれる」

 

 

「私の世界は、私のことを気遣ってくれる」

 

ここで大事なのは、“口に出すこと”。
たとえ、がっかりするような出来事が起きても大丈夫。
すべては、あるべき姿になると宣言することでもあります。

 

ベネチア名工は、鏡の鏡面に塗るアマルガムに金を加えて、暖かな色合いを与えた。
世界は鏡ですから、あなたも同じように、自分が作ったアマルガムを塗布することで、世界を調整することができるのです。】

 

この言葉を読んで思い出したのが、「色眼鏡で見る」という表現。

 

本来は、先入観や偏見を持って物事を見てしまう、という意味ですが、
それをポジティブに使ってしまおう、ということなんじゃないかな?と思ったんです。

 

自分の感情や思考が映る、この世界という鏡に、
キラキラの色眼鏡ガラスを一枚、そっと重ねてみる。

すると、向こう側から映し出されてくる現実も、
自然とキラキラした色合いになっていく。

 

「私の世界は、私のことを気遣ってくれる」

この言葉は、たとえ辛い現実の中にいたとしても、
どこか心を救ってくれるようなパワーのある言葉です。

 

でも、これは「ただ信じましょう」と言っているわけではないんですよね。

つまり、鏡の法則の応用編。
鏡に、キラキラのアマルガムを塗るようなもの。

 

世界は、私を気遣ってくれる。
そう思えたら、あとは何を映し出すかは、自分次第です。

 

 

体調が悪いわけではないけれど、
健康を維持するための投薬が始まって、数週間。

これも、世界が私を気遣ってくれた結果だと、
今は思えるようになりました。

……とはいえね。
もう少し上手に現実を引き寄せられるといいよね、私。

 

 

 

 

a.r10.to